科学研究費補助金 基盤研究(S)
二次元原子薄膜ヘテロ接合の創製とその新原理テラヘルツ光電子デバイス応用

2.グラフェン二重層が紡ぐ驚異の物性とその応用

図1 直流バイアス印加時のグラフェン二重層(DGL)とそのエネルギーバンド図。両グラフェン層間のバンドオフセットエネルギーΔに等しいテラヘルツフォトンもしくはプラズモンを発光することによって、n型グラフェン内の過剰な電子が一斉にh-BNバリア層を共鳴トンネルしてp型グラフェンに遷移する。

図1 直流バイアス印加時のグラフェン二重層(DGL)とそのエネルギーバンド図。両グラフェン層間のバンドオフセットエネルギーΔに等しいテラヘルツフォトンもしくはプラズモンを発光することによって、n型グラフェン内の過剰な電子が一斉にh-BNバリア層を共鳴トンネルしてp型グラフェンに遷移する。

 私たちは、図1のように数原子層しかないh-BNをグラフェンで挟んだ、いわゆるグラフェン二重層(DGL: Double Graphene Layer)構造において、THzフォトン・プラズモンの発光・吸収が共鳴トンネルをアシストし、従来よりも桁違いに高い量子効率でTHz波の増幅・発振・検出・非線形波動制御が可能なことを理論的に発見しました。グラフェンを電極とみなせばDGLがキャパシタとして機能することがおわかりでしょう。このDGLに直流バイアスを印加すると、対峙したグラフェンには電子と正孔のいずれかが相補的に蓄積されます。このとき、h-BN層が数原子層と極めて薄いために、n型グラフェン内に過剰に蓄積した電子はバリアとなるh-BN膜を量子力学的にトンネルしてp型グラフェンに移動できるのではと思われるかもしれません。しかし、そのトンネル確率はほぼゼロに近く、禁制されます。それは、図1に示すバンド図でおわかりのように、バイアスの印加によって両グラフェンのエネルギーバンドにはオフセットΔが生じるために、トンネル前のn型グラフェン内電子とトンネル後のp型グラフェン内電子の運動量(波数)が保存されないからです。そこで、DGL の外側にゲート制御機構を付加し、ゲートバイアスによってバンドオフセットΔをテラヘルツ帯のフォトンと同程度の数 meV ~数十meV に調整すると、バンドオフセットΔと等しいテラヘルツ帯のフォトンにアシストされて、n型グラフェン内の過剰電子が一斉に、かつ共鳴的にトンネルできるようになります。ゲートバイアス制御によって、バンドオフセットΔの極性を正(p型グラフェンがn型グラフェンより低位)にすれば、Δと等しい単色のテラヘルツフォトンの発光が、逆にΔを負にすれば、Δと等しい単色のテラヘルツフォトンの吸収が生じることになるのです。n型グラフェン内の全ての過剰電子がこのテラヘルツフォトンの発光・吸収に寄与できることから、極めて高い量子効率で発光・吸収過程を誘導することができます。その量子効率は、グラフェン単層でこれまで実現された効率を2~3桁も上回ることを理論解析によって明らかにしています。二次元原子薄膜 vdW ヘテロ接合には、これら以外にもグラフェンの極限的なキャリア輸送特性を根源とする特異な材料物性を有しています。図2に示すように、それらの特異な材料物性をもたらす複合量子とテラヘルツフォトンとを巧みに相互作用させることによって、新しい動作原理に立脚した超高効率なテラヘルツ機能性デバイスを創出しようとするのが本研究のねらいです。

図2 本研究の目的とねらい

図2 本研究の目的とねらい

 最近、私たちはこのゲート制御 DGL 素子を試作し、テラヘルツフォトンの発光・吸収現象の観測に成功しました。詳細は他に譲りますが、グラフェン内二次元電子・正孔の集団分極振動による量子:プラズモンを介在させることによって、さらに桁違いに量子効率を向上できることも見出しました。室温高強度レーザー発振の実現に期待が膨らみます。この試作素子は、職人技による剥離・転写法で一つ一つを手作りしたもので、このままでは、量産化・産業化の未来はありません。そこで重要な課題となるのが、二次元原子薄膜 vdWヘテロ接合材料を再現性良く高品質に生成するための工業的製法技術の開発です。新しい創製法の研究開発に世界中の機関がしのぎを削っています。本研究では、高品質エピタキシャルグラフェンの製膜技術の開発を先導する私たち電気通信研究所(研究分担者:吹留博一准教授)と、h-BN や TMD の高品質製膜技術開発を先導する NTT 物性科学基礎研究所(研究分担者:鈴木哲博士)との共同によって、世界初の超高品質二次元原子薄膜 vdW 連続ヘテロエピタキシー技術の開発を目指しています。


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