戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「社会と調和した情報基盤技術の構築」視線行動に基づいた心の中の身体の可視化と身体適正化を支援する基盤技術の創成

2.身体認知の意外な特性とその応用

図3 身体意識の人工的操作技術と組み合わせて手の周囲で計測された運動残効。手を中心とする空間知覚表象をもつ運動残効が生じる。

図3 身体意識の人工的操作技術と組み合わせて手の周囲で計測された運動残効。手を中心とする空間知覚表象をもつ運動残効が生じる。

 私たちは、どのように自己の身体を認識しているのでしょうか。身体に関する情報は、視覚だけでなく体性感覚からも得ることができます。視覚情報は、網膜を通して脳に伝達され処理されます。一方、体性感覚情報は、筋肉や関節の状態を感受する自己受容器、および、足や手などの皮膚表面を通して脳に伝達され処理されます。これらの情報が統合されることで身体の表象が脳内に形成されていると考えられています。例えば、脳は手に関する視覚情報と体性感覚情報を使って手の身体表象を形成します。通常は、これら2つの情報は空間的に一致していますが、プリズムを使って、視覚を通して得られる手の位置と体性感覚を通して得られる手の位置を空間的にずらし、そのような状況下でしばらく行動を続けると、知覚される手の位置が視覚情報と一致することが知られています。これは体性感覚情報に比べて視覚情報が優位に処理され、体性感覚情報による手の位置感覚は視覚情報に合うように再較正されることを示唆しています。このようなプリズムを使った実験では、自分の手が見えていたわけですが、見ている手を人工的に作られた義手やコンピュータグラフィックス(CG)で描画された手に変えても、同様の現象が起こります。さらに興味深い点として、見えない自身の手に触覚刺激を与え、それと同期するように、人工物の手の皮膚表面に物体を接触させている場面を見せると、人工物の手があたかも自分の手のように感じてきます。義手やCG の手といった人工物の手は明らかに自分の手でないとわかっているのですが、視覚刺激と同期した触覚刺激が与えられると自分の手のように感じてしまうのです。この現象は、手の身体意識が、私たちが保持している物理的な身体から離脱し、人工物に転移することを示しており、手の身体意識は人工的に操作できることを示しています。このような手の身体意識の人工的操作手法を利用して、人が心の中で感じている身体を人の行動観測から可視化する技術を開発することが本研究のねらいです。

図4 本研究が提案する視線行動からの身体意識の可視化と身体適正化。

図4 本研究が提案する視線行動からの身体意識の可視化と身体適正化。

 私たちは、最近になって、身体が身体外に比べて潜在的な注意を強く惹きつけることを示唆する結果を得ました。さらに、この身体に対して生じる注意の効果は、身体が見えていなくても身体があると主観的に感じている位置で起こっていることを示唆する結果も得られました。注意の惹きつけは視線の動きを誘発することが知られていますので、身体による注意の惹きつけも視線の動きを誘発すると考えられます。これらの結果は、視線行動パターンから、身体意識を抽出できる可能性を示唆しています。本研究では、人の視線行動から身体意識を可視化する技術を開発するとともに、運動機能障害者のリハビリテーション支援を目的とした、身体意識を適正な状態に誘導する情報呈示環境の構築も目指します。


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