戦略的創造研究推進事業 さきがけ
研究領域「社会と調和した情報基盤技術の構築」視線行動に基づいた心の中の身体の可視化と身体適正化を支援する基盤技術の創成

1.はじめに

図1 高齢化に伴う社会問題と現状のリハビリテーション治療。

図1 高齢化に伴う社会問題と現状のリハビリテーション治療。

 社会の高齢化に伴う、加齢による運動機能の障害や脳卒中による運動麻痺を有する患者の急増は、現代社会が抱える重要な問題です。しかしながら、現状のリハビリテーションの方略では、治療的介入により運動機能が向上しても、その向上効果が持続しないことが多く、これが運動機能障害を有する高齢者の社会復帰を阻む要因となっており、運動機能障害を克服する有効な手段を講じることは高齢者の Quality of Life (QOL)を向上させるために緊急に対応すべき重要課題です。運動機能障害を有する患者は、運動能力が単に低下しているだけでなく、心の中で感じている自分の手や足、すなわち、身体意識に異常が生じていることが指摘されています。実際に、加齢による転倒の増加は、運動機能の低下に身体意識がうまく適応していないことを示唆し、逆に手や足の運動能力に障害がなくても身体意識に異常が生じれば、運動機能障害が起きることが知られています。これらの事実は、自分の身体に対して主観的に経験される身体が適正な状態になっていないと深刻な運動機能障害を引き起こすことを意味しています。このことから、身体意識の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っていると考えられます。

図2 運動機能障害に伴う身体意識の異常 患者が訴える身体意識の異常は患者の主観的印象であるため、その病態は目に見えない。

図2 運動機能障害に伴う身体意識の異常。患者が訴える身体意識の異常は患者の主観的印象であるため、その病態は目に見えない。

 私たちは、コンピュータグラフィックス(CG)で描画された手を被験者に呈示し、そのCG の手に対して被験者が感じる身体所有感と運動主体感といった身体意識の様相を制御できる実験環境を構築し、自己の手を中心とする空間知覚表現をもつ運動機構の順応を反映する運動残効を発見しました。この成果は、東北大学電気通信研究所・独創的研究支援プログラムを通して得られたものであり、国際的に高く評価されている学術誌 Current Biology (Cell Press)に掲載されました。さらに、私たちの成果は、この学術誌において顕著な発見として紹介され、いま国内外で注目されています。私たちは、認知心理学的現象を利用した実験技術を開発することで、効率的な身体行動の実現に身体意識が関与していることを明らかにし、このことが人間の身体性情報処理の理解を促進しました。このような身体性情報処理に関連する実験技術は、身体意識に異常がある運動機能障害者のリハビリテーション支援への応用に展開できると考えられており、身体意識と関連づけることができる人の行動特性の解明が求められています。

 運動機能障害を克服するには、障害者が感じている身体意識の異常を回復する必要があります。しかし、障害者が訴える身体意識の異常は障害者の主観的印象であるため、その病態は目に見えないという問題があります。現状では、障害者に自己身体の主観的印象を描画させることで視覚化しているものの、定量的な評価は困難です。本研究は、この問題の解決に向けて、近年の視覚心理物理学で明らかにされてきた行動と身体の関係を利用し、人の行動観測から身体意識を可視化する技術を開発しようとするもので、2016年度戦略的創造研究推進事業さきがけ・研究領域「社会と調和した情報基盤技術の構築」(研究総括 安浦寛人)として採択され、2019年度までの約3年計画で推進します。以下、人間の身体認知特性の魅力と本プロジェクトの概略をご紹介します。

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