科学研究費補助金 基盤研究(S) 脳型コンピューティング向けダーク・シリコンロジックLSIの基盤技術開発

1.はじめに

 近年、人間の脳のような(ある応用では人間の脳機能を凌駕するような)高度な認識・学習を実現する新型コンピューティング(つまり、脳型コンピューティング)に関する研究開発が盛んになっています。その典型例が2014年8月、米国IBM社が発表した脳型コンピューティングLSI「True North」です。人間の脳と従来型コンピュータ(例えば、スーパーコンピュータ;略して、スパコン)の決定的な違いはその電力消費効率です。人間の脳で実行しているような高度な認識・学習は、スパコンでも実行可能ですが、スパコンによる同等の処理では電力消費が百万倍以上(106~107 倍程度以上)必要となってしまいます。True North の貢献は、人間の脳型コンピューティング方式を真似ることで、実時間で物体認識等を実行するのに必要な電力消費を大幅に低減した点です。脳型コンピューティングでは本質的に非同期式制御が利用されていることが知られており、True North ではこの非同期式制御を駆使しています。

 一方、ナノスケールレベルに至る材料・デバイスの微細加工技術の進展に伴い、VLSI チップの高性能化が達成された反面、電力消費は増大の一途を辿っています。特に、待機時電力(静的消費電力)の増大は著しく、2007 年には、動的消費電力と同程度まで達しています。非同期式制御に基づく脳型コンピューティングにおいても、実用規模のシステムを構築するためには、この問題を非同期式制御の長所を生かした形で解決する必要があります。この消費電力増大問題に対して、材料・デバイス技術に依存しない低消費電力化手法として「パワーゲーティング」技術が知られています。パワーゲーティングでは、非稼働部の電源電圧を遮断するため電源電圧からグランドに至る電流リークパスが無くなり、本質的な待機時電力の低減が可能となります。そのため、現在の半導体集積回路・システムでは、パワーゲーティング手法を積極的に利用する試みがなされています。その典型例として、ダークシリコン(Dark Silicon; M. B. Taylor, DAC 2012)があります。ダークシリコンでは、VLSI チップ内の稼働部位を動的に変更し、エネルギー消費最小化を図っています。そこで、実用規模の脳型コンピューティングシステムを実現するためには、実稼動部分に限定した局所ハードウェア部分のみで電力を消費する、極細粒度パワーゲーティングの実現が不可欠であるという考えに至りました。

 本研究では、脳内情報処理で本質的に利用されている非同期式制御に着目し、それにダークシリコン・アーキテクチャを積極的に活用します。これにより、パワーゲーティング機能に適する非同期式回路構造とその動作原理を構築し、実用的脳型コンピューティング実現への可能性を開こうとするものです。本研究課題は、2016 年度科学研究費補助金・基盤研究(S)に採択され、2020年度までの5 ヶ年計画で、脳型コンピューティング向けダークシリコン・ロジックLSI 基盤技術の開発を実施します。

Page Top