科学研究費補助金 基盤研究(S)
二次元原子薄膜ヘテロ接合の創製とその新原理テラヘルツ光電子デバイス応用

1.はじめに

 テラヘルツ波は、電波と光波の中間に位置する波長約10 μm (周波数30 THz)ないし 1 mm(周波数300 GHz)の電磁波です。現在の携帯無線の通信容量を3桁以上も増大できるポテンシャルを有しているとともに、人体に安全でほぼすべての物質の指紋スペクトル(物質を構成する分子固有の振動周波数)を包含するなど、テラヘルツ波は他の電磁波にはないユニークな特徴を有しています。しかしながら、トランジスタやレーザーダイオードなどの半導体デバイスでは、このテラヘルツ領域での動作に本質的な限界をきたしてしまい、テラヘルツ波の産業応用には多くの困難が伴ってきました。そのような中で2004年、炭素原子の単層シート:グラフェンが、英国のA. K. GeimとK. Novoselovらによって発見されました。グラフェンは、電子・正孔のいずれもが有効質量を消失した極限的な電荷キャリアとしてふるまうことから、その発見以来、夢の光電子材料として脚光を浴びています。私たちは、現在の光通信を支えている半導体レーザーダイオードのように小型で室温動作が可能なテラヘルツレーザーがグラフェンで実現できることを発見し、昨年、ついに100Kの低温下ながらテラヘルツ帯での単一モードレーザー発振に成功し、本年6月に国際会議(74th DRC, 36th CLEO)で公表しました。JST-CRESTおよび科学研究費補助金(科研費)・特別推進研究を通して得られた、いま最もホットな成果です。今後さらに、動作温度を向上させて室温高強度テラヘルツレーザー発振を実現するためには、新しい材料システムと動作原理の導入が求められています。
 本研究は、グラフェンとh-BN(六員環構造をなす窒化ホウ素)絶縁体やMoS2(二硫化モリブデン)等の遷移金属ジカルコゲナイド(TMD)半導体がvan der Waals (vdW)原子間力のみで積層化してなる二次元原子薄膜ヘテロ接合材料を創製し、その材料系の電子・プラズモン・フォノンとテラヘルツフォトンが関わる複合量子系に発現する新奇な物理現象を新たな動作原理として導入することによって、テラヘルツ波領域でのレーザー発振をはじめとする各種の機能を、従来技術が果たし得なかった極めて高いエネルギー効率で実現し得るデバイスを創出しようとするものです。2016年度科研費・基盤研究(S)として採択され、2020年度までの5か年計画で推進しています。本稿では、それら新材料・新原理の魅力と研究活動の一端をご紹介します。

Page Top