巻頭特集/戦略的創造研究推進事業CREST

はじめに

 1947年にベル研究所のShockley, Bardeen, Brattainらによって初めてトランジスタが実現されて以来、半導体VLSI(超大規模集積回路)技術は目覚ましい進歩を遂げ、今やマイクロプロセッサ1チップに10億個ものトランジスタが集積されるまでに技術革新が進みました。情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)があらゆる産業に浸透して今日のスマート社会が発展しているのも、VLSI技術の発展によると言っても過言ではないでしょう。この65年に及ぶ半導体集積デバイス技術の発展は、Gordon Moore博士が経験則として提唱した、「集積密度は18~24ヶ月で倍増する」という“ムーアの法則:Moore’s law” に従ってきました。それは、トランジスタ素子の高速・低消費電力化は素子の微細化とともに果たされるというRobert H. Dennard博士が確立したいわゆる“スケーリング則”による技術革新によって果たされてきたのです。いまや、電子が走行するチャネルは、およそ原子数10個分の距離でしかない10ナノメートルにまで微細化が進んでいます。量子力学的には一電子の波動関数の空間的な広がりに相当するサイズであり、「電子が走行して到達する前に、既に存在確率がそこにある」ことを意味しています。ここに至って、もはや微細化によるトランジスタの高性能化は破たんを来し、新材料・新構造(More Moore)、新原理(Beyond CMOS)、新機能(More than Moore)などのブレークスルー、すなわち、従来の既成概念にとらわれない現状を“破壊”しうる、“Disruptive” な技術が必要となっています。

図1  本CREST で明確化したGOS 技術の適用領域

図1 本CREST で明確化したGOS 技術の適用領域

 そのような背景のなか、2007年度に、科学技術振興機構JSTにおいて戦略的創造研究推進事業CREST (Core Research for Evolutional Science and Technology)の新領域「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」が、渡辺久恒研究総括の下に発足しました。この領域発足を絶好の好機と捉え、私達は、「グラフェン・オン・シリコン(GOS)材料・デバイス技術の開発」という課題を提案し、全6課題の一つとして採択されました。グラフェンは、炭素原子1個分の厚みしかない六角形をした蜂の巣状の格子が連なった単層シートです(図1)。グラフェンの発見とその特異な物性の実験実証の先駆的業績に対して英国・マンチェスター大学のA.K. Geim、K. Novoselov両氏に2010年度ノーベル物理学賞が授与されました。今、最もホットな新材料の一つです。グラフェンは、バンドギャップがなく、バンドのスロープ(エネルギーと運動量の比)が線形・一定という、通常の半導体や半金属とは全く異なるバンド構造を有しています。その結果、電子・正孔ともに有効質量ゼロの相対論的粒子として振る舞い、質量消失効果に伴う巨大キャリア移動度や、極限的なチャネル厚の薄層化による短チャネル効果フリーという極めて優れた特徴を有しています。同時に、グラフェンはテラヘルツ(THz)周波数帯の微弱なフォトンに対して、反転分布・利得増幅・巨大光電子相互作用といった特異な性質も有しています(図1)。本稿では、2007年度より推進してきたCREST-GOSプロジェクトの一端と今後の展望について紹介いたします。

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