科研費基盤研究(S)「非線形誘電率顕微鏡の高機能化及び電子デバイスへの応用」

 平成23年度から平成27年度まで5年間の計画で、科学研究費補助金基盤研究(S)の援助を頂き「非線形誘電率顕微鏡の高機能化及び電子デバイスへの応用」と題した研究を遂行しています。研究チームは、長康雄(代表者)、山末耕平(分担者)、平永良臣(分担者)の3名で構成されています。本稿では、これまでの研究の進捗状況をまとめ、更に今後の展望について述べたいと思います。

1. これまでの研究成果

①新規高性能走査型非線形誘電率顕微鏡法(超高次非線形誘電率顕微鏡法)の開発

 当初の研究目的では走査型非線形誘電率顕微鏡法(SNDM)の感度を向上させ、電界の4乗項までの高次非線形誘電率信号を検出することを最大目標していましたが、プローブの高感度化が予想をはるかに上回り、半導体材料では電界の7乗項の非線形成分まで検出することに成功しました。この“超高次非線形誘電率顕微鏡法”とういう計測法の名称は、単に各次数の高次の非線形項を検出する方法を表現しているのではなく、例えば、局所C-V特性を厳密に断熱的に再構成する手法など、多数の超高次のデータセットをフルに活用して材料ならびにデバイスの詳細な特性を抽出する一連の計測体系を指し、データの取得から分析までを統一した全く新しい計測法の学問体系として発展し続けています。これらの成果は下記の3つの具体的研究テーマに影響を与え、その発展に大いに寄与しています。

②原子分解能SNDMの更なる分解能・適応範囲の拡大

高分解能・高感度な非接触SNDM(NC-SNDM)を技術基盤とし、超高真空(UHV)環境に対応させたUHV-NC-SNDM装置の開発を進めました。二重除振機構の採用による除振性能の向上により、装置の安定性を向上させました。さらに、アトムトラッキング技術を実装することで、特定の単一表面原子・分子上における非線形誘電率のバイアス電圧依存性や探針-試料間距離依存性の室温環境での精密な測定が可能となりました。これらの装置開発を基盤として得られた成果、学術的インパクトならびに発展の可能性を以下に述べます。

図1 水素吸着Si(111)-(7×7)表面の原子分解能NC-SNDM像。

図1 水素吸着Si(111)-(7×7)表面の原子分解能NC-SNDM像。

(i)Si(111)-(7×7)再構成表面を水素で終端する初期過程において、水素が吸着したSi原子の同定に成功しました(図1参照)。従来、STMやNC-AFMにより、水素吸着サイトは化学的活性を失うことが知られていましたが、今回、吸着サイトで原子双極子モーメントが大きく減少してほぼゼロになり、電気的にも中性化することが新たに見出されました。水素終端Si表面は半導体表面上の吸着現象を理解する上で基礎的な系であるだけでなく、産業的にも表面不動態処理に関連して重要であります。また、本成果はNC-SNDMをSi表面酸化膜やhigh-k膜など、絶縁膜の原子レベルでの観察に応用展開できる見通しを与えました。

(ii)NC-SNDMをベースにした表面電位の定量的測定手法(Scanning Nonlinear Dielectric Potentiometry: SNDP)を提案し、その有効性をSi(111)-(7×7)表面における形状像と表面電位像の同時観察により実証しました。本手法は、容量の電圧依存性を純電気的に測定するSNDMの特徴を活かした方法であり、静電気的な力勾配の検出をベースとして電位を定量化している既存のKPFMと異なり、表面双極子に由来する局所表面電位のみを純粋に定量できるユニークな手法として発展しています。

図2 新開発SNDP を用いた4H-SiC(0001)上のグラフェンの原子分解能表面電位像(形状に重ねて表示)。

図2 新開発SNDP を用いた4H-SiC(0001)上のグラフェンの原子分解能表面電位像(形状に重ねて表示)。

(iii)SNDPの応用として、次世代の超高速電子デバイスなどへの応用を目指して近年盛んに研究されているグラフェンの評価に関する研究を開始しました。4H-SiC(0001)基板上に形成された単層グラフェンの原子分解能での形状像と表面電位分布の同時観察にも成功しました(図2参照)。更に水素をインターカレートした同グラフェン/SiC界面を研究し、水素インターカレーションすると界面基板―バッファ層間の共有結合が切れ、界面の双極子モーメントを失い表面電位が0になる事及びSiC基板からの拘束がなくなりSi-C結合距離ほど表面の単層グラフェンが浮き上がる事など多くの重要な知見を得ました。

③強誘電体記録の研究

図3 HDD型強誘電体記録再生装置を用いてLiTaO3単結晶媒体上に記録したドット列(3.44Tb/in.2相当)。

図3 HDD型強誘電体記録再生装置を用いてLiTaO3単結晶媒体上に記録したドット列(3.44Tb/in.2相当)。

 次に、強誘電体プローブストレージの研究に関する最近の進捗を報告いたします。ハードディスクドライブ(HDD)型の試験装置を用いて、回転する強誘電体記録媒体上に高密度ドットを記録する実験を行いました。記録媒体については、基板サイズが15mm×15mmのLiTaO3単結晶薄片化媒体を使用しました。一連の実験の結果得られたHDD型強誘電体記録媒体に書き込んだビット列のSNDM像を図3に示します。この像より、ビット間距離を13.7nmまで小さくした場合でも、‘1’、‘0’の繰り返しのドット列の書き込みが可能であることが分かります。この大きさのドットを2次元的に記録できた場合の面記録密度は3.44Tbit/inch2に達します。

 また、薄膜強誘電体記録媒体の開発に関する研究も行いました。強誘電体プローブデータストレージの実現には記録密度の向上に加え、記録再生速度の向上も重要です。そこで、高速再生を可能とする高感度薄膜媒体(大きな非線形誘電率をもつ媒体)を開発するため、様々な条件のもとPZT薄膜強誘電体を作製し、その非線形誘電応答を計測する実験を行いました。一連の実験の結果、Zr/Tiの比率を変化させることで、非線形誘電率の値を制御できることを明らかにしました。Zr/Ti比が52/48の近傍において従来記録媒体として主として用いてきたLiTaO3の非線形誘電率より70倍程度大きな値を持つことが分かりPZTを今後記録媒体として導入していくことで、再生速度の大幅な向上が可能であることが見込まれます。

④半導体計測技術への展開

図4 (a)SiC-DMOSFETのドーパントの断面プロファイル。(b)SiC-DMOSFETのガードリングの可視化。

図4 (a)SiC-DMOSFETのドーパントの断面プロファイル。
(b)SiC-DMOSFETのガードリングの可視化。

 ①で開発した超高次非線形誘電率顕微鏡法を用いて、微細なSiデバイスのドーパントの濃度分解能(極僅かなゆらぎが検出できる)の飛躍的向上を確認しました。更に現在まで良い評価方法のなかったSiCパワーデバイス(DMOSFET)断面のドーパント分布計測(ガードリングの可視化を含む)に成功しました。図4にその計測例を示しますがSCMでは観測不能な低濃度(-n)領域も十分なS/Nで計測できていることがわかります。またSiC-DMOSFETの空乏層計測に同法を適用して、世界で初めてその可視化に成功しました。本成果は、次世代のパワーエレクトロニクスデバイスの開発を簡便かつ高精度に行うことを可能とするため、我が国のエネルギー関連デバイスに関する国際競争力の強化に寄与する可能性が大きいと考えています。

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