「人間性豊かなコミュニケーションの実現」

電気通信研究所 所長
羽生 貴弘
「人間性豊かなコミュニケーションの実現」が電気通信研究所のミッションです。コミュニケーションが人間社会にとって持つ意味は計り知れません。情報通信技術は、コミュニケーションのあり方を大きく変え、人間の持つ限界を超えた情報交換を実現してきました。現代におけるコミュニケーション(情報通信)は、「人と人」から「人とモノ」、「モノとモノ」へとその形態を広げ、また空間的かつ時間的な限界を拡張し、多様性への展開も続けています。本所は、その先にある豊かな情報社会の実現を目指し、我が国の学術と社会の繁栄に資すると共に広く人類社会の福祉に貢献することを目的としています。
2019年から始まった世界的感染症拡大のパンデミックは、2022年に入っても変異しながら依然として感染拡大が続いており、その収束へ向けた世界的努力が進められております。本所としても、人類の一員として感染症の収束へ向けた努力に尽力しつつ、本所の理念に沿った責務を果たすべきであると考えます。情報の発信や拡散が社会に大きな影響を与えることは、今回の新型コロナウイルス感染拡大に関しても顕著に示されています。また、遠隔会議や授業、診療のあり方についても注目されています。いずれも情報通信に関する研究拠点における、直接的あるいは間接的な研究対象ということができます。
一方、研究力強化そのための資源の確保などに関して、大学はこれまでとは異なる様々な対応が必要な環境にあると考えています。そのような状況下においても、本所の研究活動は、よりよい情報社会の構築を目指し、迅速に解決が望まれる社会課題への対応ですし、また将来の応用展開を見据えた基礎研究です。これまで時代に先駆けた情報通信の新しい世界を開き、新産業創成につながる基盤技術の創造と産学連携による実用化、それらを通じた教育と人材育成を強力に進めてきたのは以下に記す通りです。今後も情報通信そのものを変革するような大学らしいイノベーションで時代を切り拓くための努力を続け、人間性豊かなコミュニケーションの実現を通じて、人類社会の福祉に貢献をする所存です。
本所は1935年の設置以来、磁気記録や半導体、光通信をはじめとした現代の情報通信の基盤をなす研究成果を挙げ、世界をリードしてきました。これらの実績の上に、情報通信分野での研究拠点として活動を継続し、現在に至るまで豊かな情報社会を作るために研究成果を積み上げています。研究推進のために、材料、デバイス、通信方式、ネットワーク、コンピューティング、人間情報、ソフトウェアなど広く関連研究分野に研究室を配し、ハードウェア技術とソフトウェア技術の融合、他機関との連携による文理連携、産学連携など、研究者間の有機的連携も実現できる体制を組織しています。
研究組織は、4つの研究部門、2つの附属施設と1つのセンターからなり、研究部門は長期的な視点による研究を、施設は中期的成果を目指す研究を、センターは産学連携による実用化を含めた短期的な研究を受け持っています。研究部門は、次世代情報通信工学の基盤となるべき革新的情報デバイスの創生を目指す「情報デバイス研究部門」、無線と光通信の融合及びそれを支えるデバイスの創出を目指す「ブロードバンド工学研究部門」、人間と環境が調和した高度な情報社会を築くために、人間の情報処理過程の解明を目指す「人間情報システム研究部門」及び情報通信システムの高度化、高次化のためのソフトウェアやシステム技術の進展を目指す「システム・ソフトウェア研究部門」です。2つの施設は、ナノテクノロジーに基づいた材料(スピントロニクスなど)・デバイス技術の研究を総合的かつ集中的に推進する「ナノ・スピン実験施設」と、現在の情報処理能力における技術的障壁(電力消費の壁や演算処理能力の壁など)を打ち破る知的集積システムの構築を目指す「ブレインウェア研究開発施設」、センターは所内外の研究者と連携し、短期の研究プロジェクトを推進する「二十一世紀情報通信研究開発センター(IT21センター)」であり、それぞれ部門における研究成果からの展開研究の場として位置付けられています。また、東北大学高等研究機構の新領域創成部として、2018年に多感覚情報統合認知システム分野、2019年にスピントロニクス・CMOS融合脳型集積システム分野をそれぞれ文学研究科、工学研究科の教授との連携のもと設置しました。これらは、将来の研究領域開拓に向けた本所の事業です。
本所は、2010年度に文部科学省から情報通信共同研究拠点として共同利用・共同研究拠点の認定を受け、情報通信、コミュニケーション科学技術研究を牽引する役割を担っています。拠点としての主要な活動として、外部の研究者と進める共同プロジェクト研究を実施しています。国公私立大学や民間の企業などの研究者との連携を推進するこの事業は多くの成果に繋がり、2016年度からの第3期中期目標期間(6年間)を2022年3月に終えて、期末評価にて本拠点活動の継続が認定されました。2022年度からは第4期中期目標期間の事業を進めており、時代の要請にあわせて制度を改善し、国際化、若手支援、産学連携に対する重点支援を実施しています。その効果もあり、ここ数年にわたり参画者が増加しています。2021年度も100を超えるプロジェクトと1,000名を超える参画者を得ることができ、産業界との連携、国際的な展開や若手が中心となるプロジェクトも含め、一層の発展を期待しています。
本所で進めるプロジェクトには、2014年度から国の特別経費の支援により「人間的判断の実現に向けた新概念脳型LSI創出事業」があります。この事業により、実世界を相手にする人工知能などの高次の情報処理をLSIとしての具現化を目指します。それに加え、本所を中核とした複数の研究開発プロジェクトを学内外で展開しています。まず、本所の教員が中心となり進めてきたスピントロニクス研究は、2017年に東北大学の指定国立大学として認定された際の将来構想の中で、4つの世界トップレベル研究拠点のひとつとして位置づけられています。これまで最先端研究開発支援プログラム (FIRST) および革新的研究開発推進プログラム (ImPACT) を遂行してきた「省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター」を2019年4月に改組して、「先端スピントロニクス研究開発センター」(CSIS)が設置され、2020年度からは高等研究機構に移管され、国の支援の下、運営しています。そこでは国際的産学連携コンソーシアムの構築を目指す「国際集積エレクトロニクス研究開発センター」、国際的人材の育成を目指す「スピントロニクス国際共同大学院」、国内共同研究の促進を担う「スピントロニクス学術連携研究教育センター」(CSRN)と連携して、世界トップレベル拠点の形成に取組んでいます。スピントロニクス分野のハイレベルな国内連携研究を推進するため、2022年度からはCSRNがCSISの新たな一部門として統合され、さらにCSRN部門内に新たに量子コンピューティングへの展開を指向した「量子材料連携研究教育グループ」を加えています。2011年10月には、東日本大震災を受けて、上述と同様に本所の主導により「電気通信研究機構」が設置されました。東北大学災害復興新生研究機構で進められている8大プロジェクトの一つとして、災害に強い情報通信技術を構築する研究開発が産学官連携の下に推進され、2022年度から災害科学国際研究所の下で災害科学と情報通信の融合を指向して展開します。2016年度には、情報の質をも取り扱うための文理融合プロジェクト「ヨッタインフォマティクス研究センター」が本学の学際研究重点拠点として認定され活動を開始し、2018年度からは、国の支援を受けてプロジェクトを推進しています。そのほか、2019年度には本所教員が領域総括として提案した科学技術振興機構(JST)OPERA(産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム)の採択、2021年度には、6件の科学技術振興機構(JST)CREST(戦略的創造研究推進事業)と4件のJSTさきがけプログラム、経産省NEDOプログラム、総務省プログラム2件,NICTプログラムを推進するなど情報通信分野を先導すべく努力を続けています。また、2号館改築事業が2021年度に採択され、オープンイノベーションスペースなど新しいコンセプトを持つ空間の構築を目指して進めていく予定です。
2020年度には、30年後を見据え、人間性豊かなコミュニケーションの実現に向け本研究所が所掌する研究領域を検討し、時空間を越えたコミュニケーションや多様性を享受できるコミュニケーションを目指した電気通信研究所の将来像をまとめました。この将来像の具現化へ向け、2022年度には本所の改組について議論を進めており、所員一同、将来に向け更なる発展を目指していく所存です。皆様のご指導とご鞭撻をどうぞよろしくお願い致します。